睡眠覚醒
睡眠覚醒の謎に挑む
EVENT REPORT|PLAYBACK
21/December/2019 近年、睡眠への関心も年々高まっている一方で、睡眠に関してはその仕組みも含めて、基本的な理解が十分でないと言われている。日本では大人も子供も先進国の中で最も睡眠時間が短いとされ、これは現在進められている働き方改革にも関連する課題である。本講演会では、睡眠に関する最新の研究成果を踏まえて、これからの日本人のよりよい睡眠について考えたい。
日時:2019年12月21日(土)14:30~16:30
会場:立教大学池袋キャンパス マキムホール(15号館)3階 M302教室
講師:柳沢正史氏
筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS)機構長、教授。 筑波大学大学院修了、医学博士。米国科学アカデミー正会員。1987年に血管制御因子エンドセリンを、1998年に睡眠・覚醒を制御するオレキシンを発見。テキサス大学サウスウェスタン医学センター教授兼ハワード・ヒューズ医学研究所研究員を経て、2012 年、文部科学省世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)国際統合睡眠医科学研究機構(IIIS)を設立し機構長に就任。2016年、紫綬褒章を受章。2018年、朝日賞、慶應医学賞を受賞。2019年、高峰記念第一三共賞受賞、文化功労者に選出。
再生時間:1:50:49
睡眠基礎知識として、睡眠は「休息」と表現されることもありますが、睡眠中はまず大脳皮質の代謝率はほとんど落ちません。レム睡眠中は覚醒中よりも脳のエネルギーの消費率は上がります。脳は睡眠中、何もせずにただ休んでいるわけではないのです。
つまり、脳は筋肉とちがって24時間働き続けていると言えます。イメージとしてはコンピュータに例えると電源は入ったまま、オフラインでメンテナンスをしていることに近いのが睡眠。しかし、具体的にどのようなメンテナンスが行われているのかはまだ分かっていません。
もう一つ、睡眠の調整メカニズムも分かっていません。睡眠の調整、別の言い方をすれば、“眠気”になります。この眠気は客観的に測定することは可能ですが、脳の中で眠気がどういうものなのが科学的に分かっていません。しかし、睡眠の障害に関しては、頻度の高い一般的な病気との相互リスクがあることが分かってきています。
- 状態推移が素早く、可逆的
- 行動を停止し、特徴的姿勢をとる
- 感覚刺激に対する反応が鈍化
- 断眠後のリバウンド(恒常性)
- 睡眠の機能:なぜ眠らなければならないのか
- 睡眠の調節:そもそも「眠気」の実体とは?
- 睡眠の障害:生活習慣病・うつ病・がん・認知症との相互のリスクファクター
- 恒常性による制御 - 徹夜明け
- 体内時計による制御 - 時差ボケ
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狭義の覚醒系 - 眠気が吹っ飛ぶ
⇒モチベーションによる眠気の制御
もう一つ分かったこととして、人間の睡眠には他の動物に見られない特徴があるということです。人だけが非常に長く深く続けて眠る能力があり、若い健康な人だと、眠りに落ちてすぐに深い眠りのノンレム睡眠が1時間程、続きます。
また、研究調査で豊かな国ほどよく眠る関係が統計学的にわかってきています。ところが、日本はヨーロッパの国々に比べると国民一人あたり1時間程睡眠時間が短い。徹夜明けの脳のパフォーマンスは酩酊状態と同じ。その睡眠負債による経済損失は大きいと考えるべきです。
睡眠不足になると脳のパフォーマンスは下がりますが、主観的な眠気はそれほど上がらないので、自身が寝不足になっていることに気が付かない可能性があります。これも病気のリスクになります。
睡眠の基礎生物学的側面に限って言えば、どんな人も基本、大きな差はありません。国、人種はほとんど関係がありません。 個々に大きな差が出るのは文化、社会的な働き方や習慣、睡眠に関する考え方によるもの。
日本は特に子供の時から寝る時間が圧倒的に少ない傾向があります。大人は平均7時間程度の睡眠が必要と考えられていますが、日本の住宅環境、通勤時間など、一日の生活を考えてみると7時間きっちり睡眠時間を取ることは難しい。そのため多くの日本人は睡眠不足に陥っていると言えます。
「睡眠負債」という言葉を最近よく聞きますが、睡眠は「借金を返すことはできても、貯金はできない」もの。平日の睡眠が足りていない人が、週末の休日に沢山寝るというのは、平日に睡眠が不足していた分の借金を返している状態です。翌週の睡眠不足をカバーするための「寝溜め」はできないのです。
「睡眠不足かどうか」を知る指標はあります。休日に平日と同じような時間に自然と起きるようであれば睡眠が十分とれている状態だといえるでしょう。一方で週末や休日に平日より2時間以上多く寝るようであれば慢性的な睡眠不足であると考えましょう。
私の研究室では睡眠と覚醒の制御に密接に関わっている「オレキシン」という新しい脳内の情報伝達物質を発見しました。発見した当時は、食欲を促す物質だと考えていましたが、「オレキシン」を作る遺伝子を破壊したマウスを観察していたところ、他のマウスと同様に餌を食べ、繁殖もする。いたって元気なのです。
ただ、観察を続けると、突然眠り込む睡眠発作を繰り返していることが分かりました。そして、その症状が突然眠気に襲われる睡眠障害「ナルコレプシー」に酷似していたことから、さらに詳しく解析を行ったところ、脳内でのオレキシンの欠乏がナルコレプシーの原因であることも突き止めました。
ナルコレプシーの患者さんの脳内では、オレキシンが欠乏した結果、睡眠から覚醒に切り替えるスイッチが不安定になっているのではないかと考えられています。ナルコレプシーは居眠り病とも言われ、場所や状況を選ばず起こる強い眠気の発作を主な症状とする病気で、世界でナルコレプシーに罹っている人は「1,000~2,000人に1人」の割合だとされています。
睡眠覚醒スイッチングの不安定化
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症状:
日中の眠気、睡眠発作、夜間中途覚醒(ノンレム兆候)
情動脱力発作、入眠時幻覚、睡眠麻痺(レム兆候) - 頻度:600~2000人に1人。ほとんどが非家族性。
- 思春期発症が多いが、小児・成人発症も。
- 数年で症状が固定。非進行性だが寛解もしない。
- 9割以上の患者で髄液中、オレキシン欠乏が見られる。
- 現在のところ、症候治療のみ。
ちなみに覚醒に関連するものに脳内の神経細胞から分泌されるドーパミンや、覚醒作用を持つ物質として有名なカフェインがありますが、これはアデノシンという強く眠気を誘う脳内物質の受容体がカフェインを摂取することでブロックされるため、脳が覚醒してしまうというしくみです。しかし、私たちが発見したオレキシンはカフェインとは異なり、覚醒状態の維持・安定化の役割を果たすことがわかってきました。
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受容体作動薬
ナルコレプシーの病因治療薬
その他の眠気を伴う疾患
アカデミア発の創薬を目指す! -
受容体拮抗薬
内因性の覚醒系を特異的に抑制し、本来結合するはずの神経伝達物質やホルモンの働きを阻害する新しい治療薬
オレキシンの発見以降、たくさんの研究グループが創薬に向けた研究に取り組んでいます。私たちIIISのグループもその1つです。オレキシンの働きを補う受容体作動薬は、ナルコレプシー患者さんへの病因治療薬となるほか、いろいろな理由で眠気に悩まされているような状態の時に役に立つ医薬になるのではないかと期待して研究を進めています。また、オレキシンの働きを阻害する受容体拮抗薬は、依存性の低いより安全な不眠症治療薬としてすでに製薬企業によって開発・上市され、多くの患者さんに処方されています。
オレキシン受容体に作用する物質はうまくいけば拮抗薬も作動薬も両方とも医薬になるのではないかということで、期待しつつ研究を続けているところです。
本講演では睡眠の基本知識から専門的な話、そして生活に役立つ身近な睡眠の話題について話をしていただきました。柳沢先生の研究成果に益々注目が集まるでしょう。
シンポジウムの終わりには、参加者からの質問を受け付けました。質疑応答では人間が進化した過程で深く長く寝られるようになったのか、それとも眠りやすい環境がそうさせたのか。お昼寝について等、様々な観点から質問が多くあがりました。